会報『ブラジル特報』 2009年3月号掲載

                 稲泉 博己(東京農業大学 国際食料情報学部准教授) 


世界及びブラジルのマンジョカ生産と加工の概況

(1)世界のマンジョカ生産と国内消費
ブラジルで当たり前のマンジョカだが、全世界で大きな広がりを持っている。2007年の生産量を見ると、世界最大のマンジョカ生産国ナイジェリア4,575万トン、次いでブラジルが2,731万トン、第3位がタイで2,641万トン、第4位インドネシアでは1,961万トン、そして第5位コンゴ民主共和国(旧ザイール)の1,500万トンと続いている(FAOSTAT)。
 

 興味深いのはこれら5大生産国の中で、マンジョカの位置づけが異なっていることである。タイでは殆どが輸出に回り国内消費は食品を含めてごく僅かに過ぎない。タイに比べて輸出の少ないブラジルでは、第1図からみるとマンジョカの食用以外での国内消費が多いと推察され、まさにこれがマンジョカ生産・加工においてブラジルが注目されるゆえんであるといえる。
 

第1図 世界5大マンジョカ生産国の栄養摂取状況(2003年)出典:FAOSTAT、Food Balance Sheetより

(2)ブラジルのマンジョカ生産と価格の推移 
  やや古いデータになるが、ブラジル地理統計院(IBGE)による年次別の生産量の推移とゲツリオ・ヴァルガス財団(FGV)の月別名目価格データを元に、1994年8月時点を100として実勢価格(R$)に変換しその変動を合わせたものが第2図である。
 
 生産量についてみると1970年をピークに、1989年、1993~94年さらに1997年をはじめ年によって上下しながら漸減していたが、近年は緩やかに上昇に転じている。
 
 また価格変動はブラジル全体のマンジョカ平均価格は、生産減少が続いた1989年前後の急騰を除き、比較的低価格で推移している。またマンジョカの生産サイクル(12~20ヶ月)の影響を受け、1年前後のタイムラグが存在するとみられる。


第2図 ブラジルにおけるキャッサバ生産量と実勢価格の推移 出典:IBGE, FGVより

 
ブラジルにおけるマンジョカ加工利用の趨勢
 
(1)工業原料
 工業原料として食品、製紙、プラスチック、繊維、製薬他様々な用途に使われるデンプンは先進国でも多くの需要がある。北米ではメイズ、欧州ではジャガイモのデンプンを利用している。
 日本でも近年タイからマンジョカ・デンプンを輸入するようになっているが、ブラジルにおいてはマンジョカ・デンプンの工業利用はあまり進んでいなかった。しかし多国籍大企業のマンジョカ・デンプン加工への参入により工業原料化が進展した。そして最近ではパラナ州の日系人によるマンジョカ・デンプン工場も伸びてきている様子であり、日本向け輸出も検討されているという(ニッケイ新聞2008年7月4日)。
 
(2)工業原料化の進展
 ブラジルのマンジョカ・デンプン工業利用において、中心的役割を果たしているのがパラナ州に本拠を置くブラジル・マンジョカ・デンプン生産者組合(ABAM)である。ブラジルにおけるマンジョカ・デンプンの工業利用の近年の急拡大を象徴するように、この組合の設立は19915月と比較的新しいものだが、現在ではブラジル国内マンジョカ・デンプン生産量の8割以上を占めるネットワークを持つまでに成長している。上述の日系人企業Amido YAMAKAWAもメンバーである。
 
ブラジルにおけるマンジョカ生産・加工利用の将来展望

 
(1)国際情勢の変化
1970年代PROALCOOL政策推進の際に、マンジョカはエタノール生産で現在主流を占めるサトウキビと競ったことがある。結果として糖からそのままアルコールに変換できるサトウキビの優位性が認められて現在に至っているが、タイなどではマンジョカからのエタノール生産に力を入れている。このことはそれぞれの地域で食用とされるものと燃料用に回るものとに違いがあることを示す一方、Feed stockとして多様な作物を対象にできる、すなわちリスク分散の可能性をも示唆している。あるいは単一作物であったとしてもサトウキビのように市況に合わせて砂糖にするかエタノールにするか選択できる、言わば現在ブラジルで主流の“FLEX”エンジンのように、マンジョカにおいても加工利用の多様なチャンネルを保持しておくべきではないかと考える。
 
 2006年アメリカのブッシュ前政権一般教書演説を受けて、爆発的に広まった世界のバイオ燃料ブームは、原油価格の乱高下や食料価格の高騰、金融危機の蔓延によって、急速な勢いで沈静化してきた。2008年10月アメリカのバイオエタノール生産最大手だったVera Sun社の倒産をはじめとして強い逆風を受けているといえる。一極集中と拡張は有効なビジネスモデルであるかもしれないが、昨今のバイオ燃料を取り巻く状況は、時期尚早、あるいは過度の特化と急拡大が暗礁に乗り上げたという印象が拭えない。そこで上記のようなマンジョカ加工の分散モデルの検討も必要ではないかと思われるのである。
 
(2)日系人の進出
2004年当時、空前のマンジョカ・ブームに沸く中である日系農協の幹部とマンジョカ栽培の可否について話したことがあった。その幹部は当時のブームに戸惑いを隠せなかった。それはマンジョカがブラジルの中でもある意味で蔑まれた位置(cultura de pobres)にあり、決して“儲かる”作物ではなかったこと、さらにアフリカや東南アジアに比べて機械化が進展していたものの、ブラジルの他の基幹作物に比べてまだまだ人力に頼る部分が多く、「人を使うのがあまり得意でない」日系農業者には不向きと考えられていたからである。
 
 ところが先述のようにパラナでは日系の食品大手Yokiに続いて、Yamakawa氏がマンジョカ・デンプン加工に乗り出し、しかも契約栽培ベースで順調に伸ばし始めた。このことはいわゆる日系人企業家の変化と共に、先の契約栽培が定着し、裾野が広がっていることを示しているとも考えられる。
 
課題と将来展望
 
 昨年末東京農工大学で『日本人ブラジル移住100周年記念日本-ブラジル大学・農業研究機関交流シンポジウム』が開催された。両国の歴史的なつながり、最先端の研究や様々に興味深いやり取りがあったが、中でも印象的だったのが、バイオ燃料生産や食料生産に関わる農地あるいは単に土地の有限性への認識の違いだった。片や農地の拡大余力はまだまだあるといい、他方はアマゾンなど熱帯雨林地帯のみならずセハードを含めた環境悪化を懸念する。
 
 現在ブラジルの主要輸出農産物に成長したものの中にも、日系人が種をまき(導入し)育ててきたものを、欧米系ブラジル人が驚くほど大胆に大規模に生産展開し、あっという間に世界のトップに上り詰めたものも少なくない。まさに箱庭的、盆栽的な丹精と、開拓者との違いと言えるだろう。それが上記の土地の有限性認識に如実に現れていたと思われるのである。
 
 環境配慮の乏しい無条件の開発拡大を許すものではないし、一方高品質高価な少量生産だけでも立ち行かない。また日系人企業家の気質も変化している。蔑まれてきたマンジョカを巡って、果たしてどのような展開が見られるのか?これまでも幾たびかの浮沈を繰り返してきたこの作物が、ブラジルの新しい持続可能発展のモデルとなることを期待したい。
 
 (引用:稲泉博己「ブラジルにおけるキャッサバ生産と加工利用の現状-他熱帯地域への適用可能性の模索」国際開発学会『国際開発研究』第15巻第2号 2006年、139~154頁)