会報『ブラジル特報』 2009年1月号掲載

  日本ブラジル中央協会主催 

  日本ブラジル交流年・日本人ブラジル移住100周年記念講演会(2008年9月3日)

                     大前 孝雄(三井物産株式会社 常務執行役員)


本日は日本ブラジル中央協会の講演会にお招き戴き有難うございました。ブラジル通の諸先輩を前にして僭越ですが、三井物産に入社以来1976年からブラジルに駐在4回通算21年と三井物産生活の3分の2近くブラジルとの関係で過ごした経験を踏まえ、私にとってのブラジルについて話をさせてもらいます。直近では2000年6月に着任後、今年の5月まで約8年間をブラジル三井物産社長として過ごしました。また現地では日本ブラジル経済委員会、サンパウロ日本商工会議所などの運営にも参画し、両国間の経済交流・友好関係改善・強化のために努力して参りました。現在、ブラジルとも関係の深い営業本部の責任者をしており、ブラジルへの想いは変わらず熱く、本日の講演内容もブラジルを精一杯褒めあげるという内容になることをお許し下さい。

ブラジルビジネス環境のファンダメンタルズ
 マクロの視点から考察すれば、一昔前に比べファンダメンタルズが格段に底上げされています。食料資源を含めた豊富な天然資源、中南米随一の工業生産力を背景に近年非常に力強い経済成長を見せていること、特に、自動車、家電をはじめとする国内の巨大消費市場も重要な魅力の一つになっています。

 さらに、ブラジルの政治が一段と安定度を増したことが、我々民間企業の投資決断に当たり重要なポイントとなっています。2003年に大統領に就任し2期目に入ったル-ラ大統領は、そのカリスマ性も手伝い支持率は非常に高い水準にあり6月の世論調査でも、国民の約9割が現ル-ラ政権を支持しています。外交面でも絶妙なバランス感覚で上手に欧米先進国と間合いを取りながら一方、発展途上国グル-プ内でヘゲモニ-を堅持しています。

大前本部長講演

 経済動向については、国内消費と投資が引続き拡大しており、世界的な資源高に支えられ、GDPは通年で5%前後の成長が見込まれています。一方、トラウマともなっているインフレは上昇兆候が見えますが、ブラジル中銀が目標圏内に押え込もうという強い姿勢で臨んでおり、年初の4.5%を上方修正し6%を予測しています。貿易収支は2008年に入り、輸出が前年比2桁台の伸長を維持する一方、旺盛な内需拡大により輸入が輸出を上回る大幅な伸びを示しており、通年で前年同期比40%超の減少、230億ドル前後に止まると見られます。経常収支は、進出企業の好決算による配当、ブラジルのポ-トフォリオ投資から上がるビジネス送金が増え赤字拡大の傾向にありますが、資本勘定で十分補われているので、総合収支上大きな問題は予見されません。さらに為替相場も引続き安定したレアル高基調を続けており、今年の上半期末には変動相場制を導入した1999年以降最高値の1.6レアル以下を記録しました。また経済のアキレス腱といわれてきた財政赤字・公的債務も近時一定の改善が見られ、2007年は対GDP比率3.9%のプライマリ-黒字を記録、公的純債務残高の対GDP比率も前末44.7%から42.8%へ減少しています。

(注:上記経済動向は、本講演会開催当時の状況であり、ブラジル経済が現在の世界的金融危機の影響を未だ受けていない時点での発言内容)

三井物産のブラジル・ビジネス展開
当社のブラジルビジネスは、以下の4つのコア事業領域で、重点的に取組んでいます。

 第1の資源・エネルギー関係では、鉄鉱石輸出の3割を占める大手鉄鉱石会社ヴァ-レへの間接投資です。当社はその主要株主の1社として世界の金属資源開発投資を支援する一方で、ニュ-カレドニアのニッケルプロジェクトなど海外事業にも取組んでいます。エネルギ-分野では、南米最大の国営石油会社ペトロブラスと1990年代から石油・ガス開発のインフラ案件にファイナンス・パ-トナ-として取組んできましたが、さらに進んで事業パ-トナ-としてリスクをシェアしながら事業を展開しています。

 世界でも有数の大深海油田採掘技術を活用する掘削船を共同で保有し、掘削サ-ビス事業を行うことで合意しています。もう一つは、世界的に需要増大が見込まれるサトウキビを原料とするバイオ燃料開発事業にも参画し、ペトロブラスと共同で日本の他に東アジア、欧州、アメリカ向けにも輸出・販売を検討しています。

 第2の農業分野では、広大で肥沃な国土を有するブラジルは農業生産では大ポテンシャリティを持つので、アメリカ最大の農協「CHS」と大手のブラジル民族系穀物会社「PMGトレ-ディング」の3社で「マルチグレ-ン社」の共同経営を始めています。

 3のマ-ケット・ブラジルは1億9,000万人の人口を持つ巨大なブラジル国内市場向けに家電、事務機械、自動車のディ-ラ、工作機の販売事業などを立ち上げています。中長期的には、現在の所得格差が是正され、中産階級の増加により、購買力の増加と消費嗜好の高度化も期待できるので、広い視野でのマ-ケット・ブラジルへの参入が期待できます。
 4のロジスティックス・インフラ分野では、当社としても長い歴史を持つ最優先の分野という位置けで“ブラジルコスト”と呼ばれ遅れている社会インフラ分野に従前から鉄道分野を中心とするインフラ整備事業に取組んできました。またリオ~サンパウロ間高速鉄道プロジェクトにも日本ブラジル両国友好のシンボルとして日本連合という形で参入したいと思っています。

次の100年の日本とブラジルの関係について
 日本人移住100周年に当たり、日本ブラジル交流・友好関係強化のためには100年の歴史を持つ150万人の日系人コミュニティ存在が大きく、この人的繋がりが両国の強固な信頼関係の基盤となっています。昨年麻生外相(当時)がブラジル訪問の際いわれた「善意の含み資産」とういう言葉がまさに妙を得たものといえるでしょう。一方、1990年代から始まった日本へ出稼ぎで来日している32万人のブラジル人コミュニティがありますが、その労働環境、子弟の教育が問題視されています。三井物産としては、2005年より在日ブラジル人子弟支援の幾つかのプロジェクトを推進しております。一方、本年2月にはブラジル三井物産基金を設立して、サンパウロ州政府と共同でブラジルに帰国した子弟の教育環境順応支援に取組んでいます。さらに、将来の日本ブラジル関係を担う若い人達に日本を深く理解してもらうためにサンパウロ大学に三井物産冠講座を設置しました。

 豊富な資源、広大で肥沃な国土、巨大な国内消費市場、欧米のみならず途上国特にアフリカなどへの近接性、深海油田の掘削技術、バイオエタノ-ルに代表される環境分野への先進的な取組みなど独特の魅力を持つブラジルは今後日本にとり重要なパ-トナ-になります。従来型の協力関係に加え、ブラジルを日本企業の開発製造拠点にするとか、中南米や欧米ひいてはアジア・アフリカなど第三国への相互協力による進出など新たな戦略的パ-トナ-シップを目指すべきと考えます。今年を出発点として次の100年へ向けて日本とブラジルの関係の具体的成果が積上げるべく私個人としても努力して行きたいと思います。
                    (文責 当協会常務理事 森 和重)