会報『ブラジル特報』 2008年
9月号掲載

                       畠中 寛和(ブラジル三井住友銀行 ストラクチャードファイナンス部長)


 Project Finance International(Thomson Reuters社発行)という業界誌がある。手前味噌ながら同誌の今年上半期の米州ランキング(これを業界では「リーグテーブル」という)で、弊行は世界第7位となった。邦銀では随一の実績であるし、多くの各国一流の銀行をも押さえ込んだ。リーグテーブルの対象はストラクチャードファイナンスという分野で、結果として見れば対象案件の約7割は米国案件であるものの、ブラジル案件は全体の約15%、米国に次ぎ第2位の地位を占めた(その下は、チリ、メキシコと続く)。弊行の取扱7件においてもブラジルで2件を稼いでおり、今やブラジルのファイナンスマーケットは、銀行の米州経営に欠かせざる柱となっている。

 さて「国際金融」の意味は広範で一義的ではないし、場合により相対概念でもあるが、ブラジルに関する限り国際金融=ストラクチャードファイナンスといってよいほど両者の共通集合は大きい。国際金融とは、端的には他国に存在する政府や企業やプロジェクトに対して国境を跨いで融資することだが、ブラジルではほとんどの場合に「ストラクチャー(=仕組)」が関与している。「ストラクチャー」の本質は融資金を取り戻すためのメカニズムであり、1980年代の債務危機を経験した国際金融社会が、カントリーリスク等の諸リスクを軽減するために進化・多様分化させてきた術である。簡単にいえば、いかなる担保をどこまでどのようにしておさえるか、担保主義に立脚した手法だといってしまってもよいだろう。

 日本におられる読者は、何故そのような何やら仕組絡みの金融を外国から受ける必要があるのかと思われるかもしれない。発展途上国で国内金融資本が未成熟だからだといえばあらかた包括説明となるが、金融構造に着眼すればかつて日本に存在した産業金融モデルがブラジルには無いからだと説明しうる。都銀、地銀、長信銀、信託銀行、信用金庫がそれぞれの役割分担に応じて低利で調達した国内資本を、産業界の隅々まで階層的に循環させていく。そんな仕掛がブラジルには存在しない。主要銀行の主な投資対象は各種政府債券であり、国民から集める預金の多くは政府部門にあてがわれる。さらには政府債券が高利であることから、これを頂点に形成される金利体系は全体として高い。ブラジルの金利計算の基本をご存知だろうか。日歩で複利である。日本の様に単利・期間割計算ではない。長期で借りるほど金利負担は等比級数的に増えていく。Selicと呼ばれる中央銀行が政策コントロール対象としている金利がある。起稿時点で年12.92%を示しているが、これも日歩・複利計算がベースであり、1日あたり0.0482296%の歩合を複利で(ただし、土日は計算から除外し)回して1年で12.92%に到達することを意味する。日本の公定歩合とはそもそも計算方法が違うのだ。

 ブラジルで産業資本を必要とするものにとって、かような国内金融構造は心もとない。他のソースとしていくつか選択肢はあるが、その一つとして国際金融がブラジル産業に入り込む必然性がある。そしてこの国際金融の補完機能は、国内金融構造が変らぬ限り無くなることはないであろう。

 国際金融の性格をブラジル国内金融と比較した場合の特徴は、したがって、①単利であるから長期であっても金利支払は等比級数的負担とならない。②相対的に低利であることに加えて、③大規模ファイナンスが可能であるといえる。そして最も本質的なのは、④通貨が地場通貨レアルではなく、ドル等の外国通貨で実施される点だ。④には内在するリスクがある。一つは、返金する時点で必要なドル金額が借手もしくは国全体にあるかという外貨流動性の問題であり、もう一つは、地場通貨ベースに換算すれば為替変動により借入額が実質的に上下動するという為替変動リスクである。

 これらリスクを極小化するために、国際金融業界はストラクチャードファイナンスを進化させ続けてきた。この世界はいくつかの分野に細分化される。代表的には、プロジェクトファイナンス、トレードファイナンス、ECAファイナンス等であるが、これらは類似点と相違点を有しており、これらを取り扱う銀行組織上も部署を分けているか、いくつかを組み合わせて構成されることが多い。

 いずれにせよこれらに共通するストラクチャー設計原理、すなわち国際金融の第一の要諦は、借入人がドルベースの持続的な手持勘定を持っているか、あるいはそれに代替する国際商品を取り扱っていることを要件とすることである。国際金融の相手として適格なのは、輸出フローを有する事業者が原則だといい換えてもよい。そしてこの原則をどこまで緩和し国際金融の適用対象を広げていくか、という要諦の昇華も業界が取り組んできた課題でもある。付け足していえば、債務危機以前の国際金融ではこの原理認識が希薄であったといってよかろう。

 事業者が国際商品を生産・輸出し代金をドルで受け取る。この一連の流れを融資の返済原資ないし担保とする。これがストラクチャードファインナスの骨格であるが、事業者が既に存在している企業であればトレードファイナンスとなり、事業者がこれから組成されるプロジェクト自身であればプロジェクトファイナンスとなる。

 ブラジルのプロジェクトファイナンスは、1980年代の債務危機以降、90年代の半ばとなって原油生産の分野が立ち上がっていった。原油を生産する船に融資するものだが、現在この分野は一大マーケットを形成しており、多くの原油生産船や掘削船がプロジェクトファイナンスに拠って活動している。最近では、交通事業でもプロジェクトファイナンスが見られるようになった。国内交通事業では収入が現地通貨であることから、本来上記の要諦には馴染まない。しかし運賃を一部ドルリンクにするなど国際金融との親和性を高める形でストラクチャー化が進んでいる。ブラジル新幹線開発を巡って日本勢も攻勢をかけているが、そこでもプロジェクトファイナンスの手法が活きるであろう。

 トレードファイナンスは古くからあったし、ブラジルの会社向けに実施される国際金融のほとんどがこれであるといっても過言でない。近年注目を浴びているのは、大豆や砂糖・エタノールなどのソフトコモディティ関連の融資だ。ブラジルから出荷する前のコモディティ在庫を担保にするケースもあることから、コモディティートレードファイナンスと呼ばれることもある。欧州で発達した農業金融の仕組が近年ブラジルに移植されたことがその嚆矢だ。国際金融が従来フォーカスしていなかった農業セクターを取り扱うもので、事業・産業構造、商品・市況関連、担保管理など固有ノウハウを要することから従来とは異なる範疇とされることもある。ブラジルからのエタノール輸入が日本でも注目されているが、それに関連する金融で必要とされているのは、主にコモディティトレードのノウハウである。

 ECAとはExport Credit Agencyで、日本では国際協力銀行や日本貿易保険がこれにあたる。これらは日本からの輸出振興はじめ日本裨益に適う国際商業活動を支援する金融プログラムを有しており、それを活用する融資をECAファイナンスと呼ぶ。これらは政策金融であり、許容リスク範囲が商業銀行とは異なるし、借手にとっては低利であるとのメリットがある。これらプログラムを融資の中に組み込んでいく技術もストラクチャードファイナンスのノウハウであり、ブラジルでも古くからECAメニューは活用されてきた。従来、ECAファイナンスの借手は政府・公社やナショナルプロジェクトといった国家色の強いものが多かったが、民営化の進展や、プロジェクトベースの事業展開などにより、民間企業やプロジェクトカンパニーの借手が増加している。