会報『ブラジル特報』 2006年3月号掲載

               
山下 日彬 (ヤコン代表 -在リオデジャネイロ)


ブラジルは今年中にも石油自給国になりそうだ。これは近来にないプラスのイメージなので、ブラジルのことをあまり知らない人にも大々的に伝えたいものである。昨年11月に5,020万バーレルの生産に対し、5,200万バーレルの消費で、2006年には月ベースおよび年ベースでも自給になる可能性がある。(参考:2005年生産は5億9,400万バーレル)

ブラジルの現在のイメージは、残念ながら汚職と治安の悪さが大々的に報道される。この問題は貧富の差が治安を悪くして、多すぎる税収が汚職を増やすという構造原因論者がいるが時に日本人には理解できないことが起きる。

この年末、ブラジル中の国道が穴だらけで州や市が穴埋め工事を始めたので、軍が出て止める騒ぎになった。(日本なら警察の出動だろうが、ブラジルは警察は市と州の管轄である) 実情はこうだ。もちろん予算がどこかに消えてしまう問題もあるのだが、予算を中央政府が出し惜しみする。維持担当局としては道路の穴をうんとひどくして、国民が騒ぎだしたら緊急工事でもっと多くの予算を獲得できる。ここに州や市が出てきて工事されたのでは目論見が狂ってしまう。州や市は只で工事するのではない、国民の不満を見るにみかねて代行工事したからと、後で連邦に請求するのである。結局選挙がらみもあって、これから6ヶ月間に20州に述べ2万6,000kmの道路の穴埋め費として計2億ドルの予算が出た。工事といってもドロと小石で穴埋めをするだけだから、2,3回大雨が降れば元の木阿弥になるだろう。

昨年国会はCPIという汚職喚問委員会で空転し、重要な議題はほとんど審議しなかった。マクロ経済指数はIMFが感心するほど好転しているから、これで税制や年金や行政改革などを決議されてしまうとPT(労働者党)のルーラ大統領が再選してしまう。何としてでもこれ以上PTに点を与えてはならないという、野党の思惑で時間つぶし作戦であろう。国会でTV中継しながらやっていると、いかにもまじめに汚職を追及しているように見えるが、検察でない素人の証拠不十分の尋問で、面識ある仲間を裁くのだから当然仕返しという後の問題もあって、最後は小物を何人か罪にしてうやむやに終わるだろう。昨年度の税収は約1,600億ドルで単純にGDPで割ると38%、一説には40%を超えている。同じ数字がサルネイ大統領の頃は23%程度であった。そのころも今と同じように国家予算は不足し、汚職がはびこっていた。それではその税収差はどこへ行ってしまったか。今思えば税金が23%の頃が健全な税制国家であったかも知れない。

ブラジル人について考えてみる。サッカーの個人技でみられるように、審判の眼を盗んでする反則も技術の一部であることは、全ブラジル人の知ることであり、ブラジル人はもちろん馬鹿でものろまでもない。一方の日本人は、ジャパン・アズ・ナンバーワンで世界一の経済国といわれて、アジアや発展途上国ではダントツの指導力を持つリーダーと疑うことなき自負を持っていたのである。ところが中国や韓国の台頭で外交的にもアジアでの発言力が弱まり、最近はインドも高成長で、どうも様相が変わってきたなと感じているのが現実であろう。かつてブラジルに来た政界財界のリーダー的日本人の挨拶の論調には、「途上国は政治経済を日本にみならえ、こうすべきだ」といった指導調が多かったが、プライド高きブラジル人にはひどく嫌われた人もいるだろう。

考えてみれば、経済学の教科書どおりの、減税や減金利、赤字削減などの政策は原因が人為的なものであるから、先進国の指導を受けなくとも全議員がその気になれば明日にでも解決できる問題である。それではなぜ実行しないか、27も州があるのに、なぜどの州でも実践しないのか。やっても知事や市長や議員のメリットにはならないからである。そもそも選挙というものは表にでている立候補者ではなく、バックにいるスポンサーの戦いである。一文無しでイデオロギーのみで勝てるかというと、現在の全国民に投票義務のあるブラジルの民主主義選挙はそんなに甘くない。まったく金が無くて清き一票のみでは当選できないのである。それではスポンサーの立場で考えてみよう。どんな人が大統領や議員になってほしいか。IMFのいいなりになって、緊縮財政でプライマリー黒字を増やす人か、スポンサーまたはその事業に国家の金を引き出して利益をもたらす人か。

南米で選挙に勝つには反米政策を公約しなければならない風潮が出てきた。その前のボリビア大統領選挙も、予想に反する結果となった。グローバル経済のリーダー国主導では発展途上国はいつまで経っても途上国、最貧国はさらに貧乏になるのでは、国民に「誰でもいいから大統領を一度変えてみよう」という意識ができても不思議ではない。

ブラジルは昨年末IMFの156億ドルの債務の前倒しを発表し完済したが、アルゼンチンのキルチネル大統領も1月4日に払い込みを完了。ベネズエラのチャベス大統領が加わって、肩を組んで「IMFの干渉を止めてほしい」と宣言するこの3人組は、メルコスルにベネズエラを含めて発言力の強化を望んでいるようである。これは米国主導のIMFに対するささやかな反抗と考えられるが、逆の見方をすれば世界的にIMFも国連もWTOも米国主導の指導力にかげりが出てきてはいないだろうか。

このような時代に、日本の企業経営者は、「はて、これからも今までと同じでよいのかな」と、対ブラジル政策を考え直す時期にきているのではないだろうか。日本は政治では今やアジアでも評価されない。残るは技術立国の日本の技術力。これはその時点で要求される以上の技術を追求する職人のこだわりの精神である。この精神は日本の「四季の気候と風景に培われた感性」から来ているとする人がいるが、これは日本人の真の強みである。省エネ技術などで、世界にもブラジルにも貢献できるだろう。

まったく話は変わるが、サンパウロ地区での昼食の平均単価は13.23レアルという統計がある。ブラジルのレアル通貨が強くなって2005年の初めにはドル換算3.78ドル程度であったのが、年末には6ドル以上になった。700円に近い金額だが、パウリスタ通り界隈の昼食屋は、若い女の人たちの行列ができている。日に6ドルとすると、月に150ドルになる。最低給料が140ドル程度の国でオフイス・レデイの給料にはかなり負担になるが、あれは企業が出す食券で払っているのである。昼食の食券や交通費を給料とは別に払うブラジルのシステムは、一種の社会主義思想である。グローバル経済社会の敗者が食っていけるようにするには、将来国家が失業者にこのような食券を支給するブラジル・モデルや、大領領の給料を半減させて全公務員の給料を下げるボリビア・モデルのごとき、南米発の政策が必要な時代がくるかもしれない。

今年ブラジルは大統領選挙の年である。石油輸出国にでもなって、経済オンチでない大統領を選出すると、もとより鉱物資源はある、燃料アルコールもある、食料はあるで、一大輸出基地になりうる。輸入関税が下がり、金利が下がり、税金が下がる可能性だってあるから注目するべきである。

今注目のbrICsでブラジルは地理的には一番遠いが、南半球にあって食料、資源安定供給の基地として日本と距離が離れているからこそ、その価値はないだろうか。 「いま一度」地政学的価値を再検討されるべきだ。ゴールドマン・サックス証券の予想では、2050年にGDPが世界5位になるとのことだが、本格的な輸出基地となるには農業水産技術を飛躍的に改良する必要があるだろう。ブラジルに世界レベルの農業、水産、環境の研究所兼大学を作る有志はいないものだろうか。