会報『ブラジル特報』 2005年
7月号掲載

                  パウロ・ヨコタ (IDEIAS Consultoria 社長・「日伯21世紀協議会」メンバー)


小泉純一郎首相の訪伯と、その返礼として行われたルーラ・ダ・シルヴァ大統領の訪日という最近の両国首脳による相互訪問の成果を慎重に検討してみると、二国間関係にある種の重要な変化が生じつつあることが窺える。今回の相互訪問は、現在両国が抱えているそれぞれの事情がある中で、将来の合意に向けて新たな扉を開いたという意味で、総じて成果をあげた。

近年の両国間の経済交流および貿易動向は、一部セクターの拡大努力や世界経済の拡張基調にもかかわらず、あまり芳しいものでなかったと認識されている。このため、新たな投資への環境を整備し、貿易および経済活動の一層の活性化を検討するメカニズムが構築された。 同時に、両国間の「人と人」との繋がりを最大限に強化することが求められる。両国間には双方向の人の流れがある。以前は日本人のブラジル移住があり、最近では、単なる「出稼ぎ」に止まらないブラジルから日本への労働者の流れがある。最大の課題は、在日ブラジル人およびその子弟が、日本への定住を希望するのであれば、完全な日本国民になれるよう条件を整えることであろう。

今回の首脳の相互訪問により、いくつかの展望が開けてきた。今後、両国の協力は、民主的な国民がそれぞれの側の権利を擁護するであろうから、時間はかかるにしても、強化されていくだろう。ここで両国関係を長期的に展望してみよう。両国間を隔てる距離はマイナス要因であるがプラス要因となることもあり、過去、常に強調されて来た両国経済の補完性という視点のみにとらわれない、新たな地政学的観点に立って見る。 日本と中国、ブラジルとアルゼンチンの例に見られるように、多くの場合、隣接国同士には摩擦が自然に生じる。こうした摩擦は、日本とブラジル間のように距離が離れていれば弱まる性質のものだ。グローバル化が進行する世界では、工業製品のように貿易産品中には類似品も含まれる。また世界では、多国籍企業が活動し、日系企業も多い。そこでは企業グループ内貿易(intra-empresas)も重要な役割を担っている。

今回の大統領の訪日に関わるブラジル側の準備については種々制限があったとしても、より実りのある合意と通商合意のための適切な環境作りを、特に日本側の民間や政治家に対して行っておくべきであった。中でも愛知万国博覧会への不参加は、大統領の訪日をより親密なものとする機会を逃した。複雑な歴史問題を孕んでいるだけでなく、国際問題に関しての立場も必ずしも明確ではない中国の脅威は常に存在する。日本人の中には、ブラジルが中国との関係拡大を望むために同国を過大に重視していると感じている人も多い。 広大な中国は、アジアのみでなく世界中に大きな影響を及ぼし、調整を要するほどの顕著な構造的不均衡を引き起こしている。その影響は今後、劇的なものとなろう。為替だけを問題としているのではない。中国人の労働条件も問題で、それは労賃を抑え、他の経済圏において失業を増加させる結果に繋がっている。    日本の地政学的関心が多様性の拡大にあるのなら、例えばブラジルのように数世紀にも渡って友好関係を維持している国々との関係を強化すべきで、現在の日中関係を過剰に緊密化することは避けるべきであろう。こうした方針は、一時的に調整困難な問題や企業経営上の問題を生じせしめるだろうが、長期的には成功を収めるであろう。

日伯文化交流を促進するために、両国首脳の相互訪問やブラジル移住100周年記念(2008年)をも活用することは、賢明な選択である。国民の関心、それも日伯両国の国民すべての関心に応えることが重要であり、ある民族コミュニティーのみの関心に限定すべきではない。事実、日本文化の優れた面は、いまや世界にあまねく知られているが、ブラジルでは表層的にしか知られていない。他方、ブラジルにはヨーロッパや先進工業国で認知され、様々な文化運動でも国際水準をクリアしている文化があるのだが、多くの日本人にとってはブラジルの代表的な文化ですらもの珍しいものでしかないのが現状だ。   実際、ブラジルは、人種混交と文化混交の優れた実例であり、それは豊穣かつ健全な見本である。そこから生まれる成果は、グローバル化した世界では高く評価されている。一方、日本では、独特の地域文化から醸成された洗練さを見ることが出来る。両国間の交流は、両者の長所を吸収して新たな表現形態を生むだろう。  

今回の首脳の相互訪問によって、日伯間の交流促進上の障害を乗り越えるべく、多くのメカニズムとその実現のための時間表が決まった。これら合意事項の中には、経済や貿易といった民間企業の関連事項だけでなく、両国の国家を構成する人々に関連することもある。文化を重視した大衆教育は、国民の福祉向上にとって重要な手段であると認識されたことは、単に経済問題に限らず、根本問題を解決しようとの意志の現れである。

日伯両国、また世界に果たされている現在の課題への対応として、相互にとって有益な協力のメカニズムが合意された。合意内容は、再生可能で環境を汚染しないバイオマスからの燃料利用によるクリーン開発メカニズム(CDM)から、農畜産物の防疫制度まで幅広い分野に渡る。ただし、農民保護やエネルギー輸入依存度の低下を目指す日本側の関心にも配慮しなければならない。   このほか、実に広範囲な分野で合意がなされたが、その中には日伯共同による第三国への協力、なかんずく開発が遅れているポルトガル語圏諸国への協力がある。また、ブラジルや近隣国を対象とした、インフラ整備プロジェクトへの融資の可能性についても言及されている。  

様々なセクターでの合意内容を詰めるために、ハイレベルの多くの日本ミッションのブラジル派遣も決まった。特定案件の調整を図るために、今回、日本で両国政府代表により設定された会議の中には、過去あまり誠意ある対応が見られなかった案件もある。重要な進展であっても、常にメディアや世論から認められるとは限らない。

「日伯21世紀協議会」の両国構成メンバーが指名され、その第1回会合が8月にブラジリアで開催されることが決まった。協議会は、「二国間関係の更なる深化に向けて将来の機会について提言を得ること」を目的としている。ルーラ大統領訪日最後の共同新聞発表によれば、協議会の両国メンバーは「未来志向の両国関係に存在する諸課題について大所高所から議論を重ね、両国首脳に対し2006年8月までに、両国関係を一層高い次元に推進していくための提言を行う」とされている。

ここに、あらためて期待が生まれる根拠がある。その期待とは、地理的には非常に離れているが人的な絆は既に緊密である日伯間において、交流の一層の促進がもたらす恩恵を描く具体策導入への期待である。具体策は、両国の現実を踏まえて調整されるものとしなければならない。そのためには多くの作業が必要であり、現在まさしくその作業が進められている。

〔訳:本郷 豊(JICA)〕

パウロ・ヨコタ(Paulo Yokota)氏は、1938年サンパウロ生まれ。サンパウロ大学卒。師事したデルフィン・ネット教授が後に蔵相、農務相、企画相などを歴任したのにともないその補佐官、伯中銀理事、農地改革院(INCRA)総裁等の政府要職に就く。また、サンタクルス日伯病院理事長はじめ日系社会に関わる公職多数を歴任している。


2004年9月の小泉首相訪伯時に両国政府間で「日伯21世紀協議会」設置が合意されたが、この度のルーラ大統領訪日時に両国有識者11名のメンバーが指名され、その一人に任命された。