会報『ブラジル特報』 2013年3月号掲載
エッセイ

                            菅藤 和彦(Kanto Business Promoçoes Ltda.代表)


 グローボ紙の経済欄でコラムを持っているミリアン・レイトン女史は、そのコラムの中で、ブラジルの証券市場が伸びない理由の一つとして政府の企業に対する干渉度を挙げている。(2011年一月にはその前年の経済成長率7.5%を受けて証券市場は7万ポイントまで達したが、その後の成長率の低迷もあって、昨今では5.9万ポイントとなっている。)
 それを、証券市場を代表する企業で見ると、ペトロブラス(優先株)はこの2年間で30%落ち込み、(2009年比では50%の落ち込み)、Vale社は18.5%、Eletrobrasに至っては昨年8月以降54%も落ち込んでいる。その共通項として政府の干渉を挙げている。
 つまり、ペトロブラスの場合は、国内の石油生産が思うように伸びなかったことから石油の輸入を余儀なくされており、それを国内業者に販売しているが、その価格がインフレ再燃を恐れる政府により、輸入価格を下回る水準に抑えられているため、これが同社の財務体質を圧迫していることがこれにあたる。
 Valeの場合は、政府がパラ州に製鉄所建設意向を持っていたが、それをVale社にやらせようとしていたところ、当時のアグネリ社長が反対したことで、同社のコントロール権の60%を持つ政府が彼を更迭、代わりに賛成派のムリロ氏を据えた。偶々この交代劇が中国発の鉄鉱石のスーパーサイクルの転機と重なったこともあり、投資家が逃げた。
 Eletrobrasの場合、電力料金の高騰がこの国の産業の価格競争力を弱めると判断した政府が、昨年電力料金の大幅カットを決めた(MP-579)。これに嫌気をさしたペンションファンドが電力業から撤退した。これと同様なことが通信業界、清掃業界でも起きている。
 ミリアン・レイトン女史は、政府のこうした干渉があることで、対象となった企業の展望に不透明感が高まる点を指摘している。(以上1月31日付けコラムより要約)

 昨年末、同じコラムで彼女は難航しているリオ~サンパウロ間の高速鉄道プロジェクトで、局面打開のため、プロジェクト実施に関わるすべてのリスクを政府が負う新しいスキームを打ちだされたことについても批判している。またそれに絡み、彼女が対談した元中銀総裁のアルミニオ・フラガが「政府はピラミッドを立てようとしている、今この国にとってピラミッドなんて何の役にも立たないのに」と発言していることを紹介している。
 政府の企業に対する干渉との観点は、この国に世界市場で存在感を持つ企業を育てるとの考え方にも表れている。これは一種の覇権主義ともいえるもので上述した干渉とは異なる、実は軍政下の1970年代の考え方にも繋がるものである。(企業の中から、これはと思う相手を政府が選び、投融資の形で全面支援 ―軍政下では国内市場でのプレゼンスが狙いだった。)

 こうした考え方が出てきたのは2008年末のリーマンショック以降、為替が一挙に変動したことで、為替相場に手を出していた大手輸出企業が相次いで倒産の危機に直面した際からである。時のルーラ政権はこうした企業の救済に動き、非鉄Votorantimに対してはブラジル銀行がVotorantim銀行に50%出資する形でこれを救済、また食品加工の最大手Sadiaに対してはPerdigaoとの統合を促進し、その後新会社が米国の大手食品加工業者を買収することにも手を差し伸べている。(この買収結果、brFは世界最大の食品加工業者となった。)
 そして今回、ドイツのThyssenKruppが巨額の累積債務に悩むブラジルCSA (Companhia Siderurgica Atlantico) と米国における圧延工場(併せてTKS Americas)売却を計画していることを受けて、ブラジル政府はこの買収に手を挙げたCSNに、BNDES(国家経済社会開発銀行)を使い、同社に対する投融資の形で全面的に支援する(総額40億ドル)ことを検討中であるという。(Valor紙1月18日付け記事より)
 つまり、海外鉄鋼資本が牛耳っているこの国の鉄鋼業(Arcelor Mittalは旧Belgo Mineira、ツバロン製鉄および特殊鋼のAcesitaを傘下におさめ、新日鉄とTechintグループはウジミナスのコントロール株主であることを指す)の現状打開には、このTKS Americas買収は絶好の機会だとの考え方を持っている。CSNを後押しすることで彼等に匹敵するブラジル資本の製鉄会社を作ろうとの狙いがこめられている。(CSNの5.5百万トンにCSAの半製品能力5百万トン、さらにアラバマの圧延能力4百万トン、合わせて1,000万トンクラスの製鉄会社誕生)。国力を挙げて鉄鋼の世界市場のプレイヤーを育てようとする試みである。
 以上見てきた如く、今ブラジル政府は企業に対する国の干渉度を高めつつある。それが全体として、ブラジル経済の進路にどのような影響を与えるか未だ分からない。場合によっては再び1970年代への回帰に繋がるかもしれないし、場合によってはラテンアメリカに新しい経済モデルをもたらすかも知れない。
 いずれにしても、2000年の時点でブラジルは、リオドセ社の長期戦略策定の際、シンクタンクをも動員し中国経済をかなり詳細に分析している。その結果、中国の国家資本主義に近いこうした新しい動きが出てきたことは注目に値する。
 考えてみれば、日本にもかつて田中角栄が列島改造論を掲げた時期があった。

                     (筆者は、元川崎製鉄リオデジャネイロ事務所長。在リオデジャネイロ)