会報『ブラジル特報』 2012年11月号掲載
モザンビークのブラジル
                      瀬川 進(前駐モザンビーク大使)


ブラジルの兄弟国モザンビーク
 モザンビークは、アフリカ東海岸の南東部に位置し、人口約2千万人、国土約80万㎢(日本の約2倍)、人口と国土はブラジルの10分の1であるが、アフリカの中では大国(領土・人口)である。1992年の内戦終了後に行われた4回の大統領・国会議員選挙を実施した結果を受け入れているアフリカの民主国家であり、政治的にも安定している。近年、モザ ンビークは積極的な外資導入により独立前の内戦で 疲弊した経済の再建、インフラ整備を図っている。
 公用言語はポルトガル語であり、国民の宗教はキリスト教41%、(ブラジルは89%)イスラム教18%、原始宗教18%等の構成になっており、有識者層に限ると大半はキリスト教である。モザンビークでは、キリスト教徒とイスラム教徒の差別、政治的・社会的な対立はなく(婚姻等での改宗は自由)、ブラジルと同様に両者は融和、並存し、その温厚な国民性もブラジルに似ている。
 
また、モザンビーク人の国民性、ブラジル人同様のホスピタリティが、現地のブラジル人と日本人の社会に他のアフリカ諸国には見られない親近感と解 放感を与えている。
 在住ブラジル人は約2,500人(2008年)、多くが専門的な職業人(ヴァーレ社、ブラジル農畜産研究公社(EMBRAPA)等駐在員・技師、ビジネスマン、 教員・芸術家等有識者層で構成され、日系人JICA専門家もいる。1970年代には日系人(鈴木クニオ)がモザンビーク解放戦線(現与党)に参加している。
 
日本は1975年の独立時にモザンビークを承認、 77年に外交関係を樹立、2000年には大使館(実館)を開設している。現在、在留邦人は120名で青年海外協力隊員(約50名)、大使館、JICA(国際協力機構)職員、国連機関(UNDP、世界銀行等)、ODAの建設事業の関係者である。一昨年より三井物産、三菱商事、双日、日立建機等日本企業が支店(本社社 員を配置)を相次いで開設している。近年、ブラジルに拠点を有する主要な日本企業の会長、社長を含めビジネスマンが頻繁にモザンビークを訪問している。
 
 
石油ガス、石炭ブームに沸くモザンビーク
 私は、昨年10月に3年間(2008年9月
11年9月)のモザンビーク勤務を終えて帰国したが、この間に日本の政府・企業のアフリカに対する関心が高まり、両国の経済協力はインフラ整備、農業開発等を軸にして3倍に拡大し、石炭(製鉄用)、石油ガス、天然ガスに対する民間投資も政府資金と連携して増加している。
 
モザンビークが年間7%前後の経済成長を達成する中で、重要な天然資源が相次いで発見され、欧米諸国、ブラジル、中国、インド、ベトナム等世界各国の企業は,モザンビークの資源の確保に乗り出している。日本が、英仏を旧宗主国とするアフリカに食い込むことは容易ではないが、旧宗主国ポルトガルの影響力が限られるモザンビークではより進出の機会があり、アフリカ開発会議(TICAD)の行動規範に基づき、JICA、JBIC(国際協力銀行)のツール(技術・資金)を活用し、官民が連携してモザンビークの経済関係の強化にあたっている

原料石炭を炭鉱から貨車に運ぶベルトコンベアー建設の工事現場


 ブラジルと日本のアフリカ(モザンビーク)の認識
 (1)現在、ブラジルもモザンビークをアフリカの重点国の一つに捉え、経済・技術協力(インフラ整備、デジタル・テレビの導入、農業開発等)、民間投資の増強(石炭、石油ガス、天然ガス、リン鉱石)に乗り出している。ブラジルは発展途上国援助を開始し間もないが、限られたABC(ブラジル協力庁)の予算の半分以上がアフリカ向けになっている(日本のODAは3割がアフリカ向け)。
 (2)また、昨2011年8月に開催された「第14回日本ブラジル経済合同委員会」では、資源・エネ ルギー開発、インフラ整備における両国の協力に言及があり、資源開発分野に対する日本の投資に期待が表明され、民間企業の協力推進が謳われている。 さらに農林業分野ではセニブラ(紙パルプ)事業、セラード農業開発等の協力プロジェクトをモデルにして、アフリカ(モザン ビーク)等第三国における協力の必要性が表明されている。経済合同委員会の結果からも歴史的な両国の協力実績に基づき、モザンビークにおける両国の協力が相乗効果をあげることが期待される。
 
 (3)ブラジルはモザンビーク独立を最初に承認しているが、1980年代のインフレ、対外債務デフォルト等国内経済の混乱のため海外進出の余裕はなく、90年代以降になり経済のグローバル化、安定化に至り、海外進出を本格的に開始した。ブラジル企業はアフリカでは新参者であるが、近年、官民を積極的にアフリカに進出している。また、ブラジルの対アフリカ貿易は2002年の43億ドルから11年には6倍の276億ドルへ大幅に 増加している。

 ブラジル企業のモザンビーク進出
 (1)モザンビーク政府は、エネルギー(水力、火力) 開発、地下資源開発、港湾・輸送インフラ、さらに農業開発の分野に外国投資の誘致を図っており、ブラジル企業は燃料炭、発電所建設、港湾等インフラ整備をターゲットに進出している。
 (2)ヴァーレ社は、2004年にモアティーゼ石炭採掘権を巡り、英・豪のBHPビリトン(三菱もコ ンソーシアムで参加)と国際入札で競い、1.3億ドルで落札した。これはモザンビーク政府部内に食い込む新参のヴァーレ社が、本格的に進出する契機となった。また、石炭開発と石炭輸出のインフラ整備には、ブラジル企業のカマルゴ・コレア(建設・エンジニアリング)、オーデブレヒト社(同)もヴァーレ社関連事業を請負い、進出を本格化した。ヴァーレ社は、オーデブレヒト社と石炭鉱山開発、発電所、鉄道インフラ、資源輸出用の港湾施設の建設に初期投資を13億ドルと見込んでいる。なお、日立建機がヴァーレ社の炭鉱事業に機材(約30億円)を納入しており、一昨年、同地に支店を開設した。 

  (注) 「モアティーゼ炭鉱」は北部テテ州にあり、推定埋蔵量24億トン、年産1.100万トン(原料炭850万トン、発電用250万トン)、 2011年後半に原料炭の輸出開始。

モアティーゼ炭鉱の露天掘りの現場


 (3)ブラジル企業によれば、モザンビーク投資の大きな問題は、インフラがほとんどないため、企業がインフラの構築と整備を負担することにある。この点、ヴァーレ社は前身が鉱山鉄道会社であり、鉱山開発とセナ鉄道(モアティーゼ炭田と積出港ベイラ港を結ぶ鉄道)、港湾等インフラ整備を平行して行う能力(技術、資金調達力)を有する。これは鉱山開発と輸送網整備の順序が逆になっているが、カラジャス鉱山開発、アマゾンアルミ精錬事業も当初はインフラがない地域のプロジェクトであったのでヴァーレ社の英断であった。
 ヴァーレ社は、石炭発掘権に1.5億ドル、インフラ整備の機材等オペレーション経費1億ドルを既に支出しているが、モザンビーク側にはヴァーレ社の主張する経済的効率よりも自国の安 全を優先するナショナリズム(鉄道港湾公社、運輸省等)もあり、今後のインフラ整備(ヴァーレ社が独自に行う鉄道輸送網の建設・整備等)の調整を要している。
 (4)また、「モアティーゼ炭鉱」の隣地で新日鉄が原料炭の安定調達を強化するために日鉄商事、韓国POSCO社等とレブボー炭鉱開発プロジェクトを進めており、2004年に探査権を取得し、高品質で大規模な露天掘りの原料炭の試掘を既に開始している。
 他方、ヴァーレ社の主導で進められるセナ鉄道の輸送力が同社の生産物だけでも限界に達しているため、新日鉄グループにとり原料炭の日本への輸送手段の確保は今後の重要な課題になっている。
 ヴァーレ社はモザンビーク政府と新たなルートの鉄道建設(マラウイ横断)・整備(生産地からタンザニアに近い東海岸のナカラ港)を検討しており、日本のJBIC、NEXI(貿易保険機構)の信用供与も視野に入れていると述べているが、仮に本件が検討される可能性がある場合には、日本は日本企業の生産物の輸送も条件とするなど戦略的な調整を図る必要がある。 

  (注)レブボー・プロジェクトの事業規模は5億から6億ドル、201415年に年産3千万トン(将来的には5千8千万トン)の生産を開始する予定。

 日本方式デジタル・テレビの普及
 (1)日本は,ブラジルとデジタルTVの日本ブラジル方式のSADC(南部アフリカ開発共同体)等アフリカ諸国への導入を進めている。多くの対象国は日本方式を採用したアンゴラを除き欧州方式の採用を表明しているが、モザンビーク等アフリカ諸国の日本方式採用は日本の技術の国際基準を確保し、外交のツールを広げることができる。このため、日本とブラジルは両国の首脳が対象国に申し入れるなど 巻き返しを図っている。
 (2)デジタルTVの日本方式の導入には、ブラジルのグローボTVと関係の深いNHKも積極的に 協力しており、モザンビークで人気のあるグローボの番組は文化のパワーとして重要な支援になっている。

 ブラジルと日本、そしてモザンビーク
 初めてのモザンビーク勤務では,ブラジルとモザンビークが言語のみならず、文化、国民性に共通点が多いことが再認識された。英仏より数世紀早く(16世紀半ば)にアフリカに進出したポルトガルによる言語、文化の影響力は大きく、モザンビークの政府機関に限らず各国大使館、国連等国際機関においてもポルトガル語文書が主流なっている。また、モザンビークには若干の日系人を除きポルトガル語を解する日本人は数名に限られ、ブラジル駐在の経験のあるビジネスマンにとりモザンビークにおける活躍の場が大きくなっている。現在、日本企業はブラジル(元)駐在員のモザンビーク配置を図っており、 (元)駐在員の方々は日本企業がブラジルで培った貴重な人的資源であり、ブラジルでのビジネスの経験を存分にモザンビークで活かすことができる。

 結びに
 読者の方々が本稿を通じてモザンビークに関心を持って頂ければと思う。繰り返しになるが、モザンビークにおけるビジネスは、日本の企業と政府が連携する中でブラジルとの協力が成功の鍵の一つになると期待している。

    (モザンビークの基礎情報は、在モザンビーク日本大使館のホームページ 
               http://www.mz.emb-japan. go.jp/ からも入手できるのでご参照下さい。)