会報『ブラジル特報』 2011年11月号掲載

              長田 順子(ブラジルハーブ研究家、薬剤師、ブラジリアンハーブSABIA主宰、協会会員)



 世界有数3千種以上もの有用な薬草を保有している国ブラジル。日本ではブラジルの薬草というと、ガラナ、イペ、シジユウム等が有名だと思うが、これらはそのほんの一部の一部なのである。私はブラジルの歌を学生時代から歌っていることもあり、幾度もブラジルに通ううちに、本来の薬剤師としての視点から、ブラジルの薬草に魅せられるようになった。一般に薬草は化学薬品に比べ、即効性には劣ることが多いが、習慣性も少なく、量の加減もし易いこともあり、副作用も起こりにくい。たとえば睡眠障害の場合、まず通常量より睡眠薬を減らして、その分を薬草で補い、その状態に身体が慣れてきたら、段々睡眠薬と薬草の比率を逆にしていき、その状態にも身体が慣れてきたら、さらには薬草のみに、そして最後は習慣性の少ない薬草もなしに眠れることも可能なのである。その薬草のリサーチのため、昨年はペルナンブ —コ州オリンダで薬草療法を研究し、住民に地元薬草を使った薬の正しい使い方を薬剤師とともに教え、住民の健康維持に貢献し、実践している医師の下で研究して来た。またそこの薬草園を管理していた、先祖がアフリカから渡ってきたおばあさんから半月程の滞在中、興味深い話を伺った。彼女の家では代々病気になった時、たとえばココナツひとつとっても、脱水症状を起こしたときには、まだ青いその果実のジュースを飲んで治め、お腹の痛いときには、外皮の茶色くなった熟したココナツのジュースを飲んで治した、などである。

 昨年はベレンのEmbrapaA Empresa brasileirade Pesquisa Agropecuariaエンブラーパ即ち農牧畜研究公社の支部)やEmilio Goeldi(エミリオゴエルジ)博物館、アマパ州のIEPAInstitutode Pesquisa Cientificas e Tecnologicas do Estado do Amapaイエパ即ちアマパ州科学技術研究所)等で研究者からの情報収集を行った。昨年に続いて訪問したベレンのNGO Ver Sol(ベル・ソウ)は貧しい人たちを様々な面で支援している。E m b r a p aの研究者でもある薬剤師Christian(クリスチャン)が中心となっているVer Solのメインの組織Farmacia Nativaフアルマシア・ナチーバ)は、主に地元の薬草を使った薬を作り、貧しい人たちに安価に配ったりしている。また、別の活動として、有名な市場ベロペーゾで薬草を売っている人たちを対象に、薬草を使ったシャンプーやシャワジェル等の作り方を教えながら、薬効を謳ってはいけない(日本の薬事法違反のような意味合いの)とさりげない形で啓蒙教育を行っていた。私達も日本でお手伝いしているベレンのもう一つのNGO、Movimento Republica de Emaus(エマウス共和国運動)は、ベレン郊外のベングイに薬草園を持っているのだが、その辺りには医者がおらず、具合の悪くなった患者は、薬草園を管理している薬剤師Ivaneide(イバネイジ)のところへ見てもらいに来る。彼女はおもむろに血圧を計ったり様子を聞いて、薬草園でつくった薬草薬を処方する。時には塩を舐めさせるだけのときもあったが、患者は彼女のところに行って診てもらうことで、安心するようだ。ただこの薬草園も資金難で、手入れができず荒れてきたのが、今回訪れて判った。そこでJICAの草の根技術協力事業でなんとかしたいと、ベレンの仲間達と動き始めているところだ。

ベレンにあるEmbrapa(農牧畜研究公社支部)にある薬草園の入り口
ベレンのNGO Farmacia Nativa の薬剤師クリスチャン

 8月の1ヶ月間滞在したベレンからバスで4,5時間のトメアスでは、特にストレス社会の日本で年々需要が増えつつある睡眠薬、その代替として催眠鎮静作用のある薬草のどの種類がアグロフオレストリーで生育し得るかをテーマに、フイールド調査した。と同時に、地元の古老等からの聞き取り、先のベレン等の研究者からの情報、そして文献等より、数種の薬草が浮かび上がった。その一つ Cidreira do Mato(シドレイラ・ド・マト)、これはたぶんヨーロッパから持ち込まれたレモンバームの香りのする薬草だが、北東部からの移民によりアマゾンに持ち込まれ、その過程で少し形態が変化したと推測される。その催眠鎮静作用のため、地元のブラジル人はもとより日系の人たちの中でも子供の癇を鎮めるのに使っているようだ。
 またマメ科のMulungu(ムルングー)は睡眠導入によいのだが、1970年から80年にかけて、CEPLAC(セプラッキ即ちカカオ院)の指導により、カカオの陰木(カカオは長時間の直射を嫌うので、少し陰を作るために隣に植える木)として植えられ、その後、その種が飛んで広がったことにより、現在路端に林立していることがわかった。また生姜の仲間であるAlpinia(アルピニア)も鎮静作用があるのだが、地元の人はその関連作用ではあるが血圧を下げるため、その煎剤を浴剤としても用いるという。ブラジルではジュースが美味しい果物としてポピュラーなMaracuja(マラクジャ:パッションフルーツ)は特に花の終わった葉に催眠鎮静作用があるが、今回無農薬栽培で得られることがわかり、安全なハーブとなることが判った。これらを如何に日本でうまく利用できるかを考え、提案することも今回長期にフイールド調査をさせてもらった私が、恩返しとして取り組む仕事のひとつである。また今回イペを始めとするマメ科植物に薬効が多いことも興味深かった。アマゾンでの例をあげると、先に述べた睡眠導入作用のあるMulungu(ムルングー)、果実が咳止めや血糖を下げる作用のあるJuca(ジュカ)、そして鞘の中の豆の周りにブラジル人の好物の甘い綿のような内皮を持ち、その樹皮の煎剤に下痢や慢性腹痛を抑える作用のあるInga(インガ)、そしてこれも葉に血糖降下作用のあるMiroro(ミロロ)等である。 9月後半パライバで行われた全ブラジル薬草シンポジウムへの参加者1600人中唯一の日本人として、当時カンピーナス大学に留学中で現在上智大学ポルトガル語学科在学中の娘を助っ人に、二人で参加したことはとても有益であった。ブラジル国内の薬草関連の研究機関、大学等の研究者が、国内の有用な薬草について、さらに薬草に関する法律を含めた規制や基準に関して活発に議論する様に接し、ブラジルでの薬草に対する熱い思いを感じた。

パライバでの薬草シンポジウムにて(娘 麻菜とパネリストのアレクサンダー先生と

 今回もお会いしたほとんどすべての研究者を含めたブラジルの人達が、私のブラジルの薬草に対する想いを感じ取ってくれて、本当によく情報を提供したり協力して下さったことに対して、本当に感謝している。

 さて、この様に、ブラジルの薬草の有用性は注目に値するものが多いのだが、その使い方によっては効果が減少したり、危険なこともある。たとえば降圧剤を飲んでいるのに血圧が下がらないとの相談を、日系の方から受け詳しく聞いてみると、身体に良いとのことで、ノニ、イペ等とともにガラナを摂っていらっしゃった。摂取量にもよるが、ガラナはカフエイン量が多く、アドレナリンが上昇することにより、降圧剤を服用したにも関わらず血圧が下がらなかったのだろう。やはり薬草も使い方、即ち薬との相互作用、薬草同士の組み合わせ、使用量、飲む時間等がとても大切である。この様に私は薬剤師としてブラジルの薬草の有用性と共に、その効果的な使い方や注意点についても、さらに研究し、サッカー、サンバに加えて、ブラジルの薬草の魅力をこれからも発信していきたい。と同時に、ブラジルの国家政策として、貧しい人たちに対してはもとより、医療費削減の一環としてこの素晴らしい資源を使わない手はないのではないか?と切に思う。

アマゾン特有の美味しい果物で、
葉に抗炎症作用のあるクプアス
オリンダのNGO,ノルデスチ伝統医療センターの薬草園
インデイオがこの赤い色素で身体を塗り、
その種子には健胃作用があるウルクン
グアラナの花
花の咲いたムルングーの木 ブラジルの国花であるイペアマレイロ