会報『ブラジル特報』 2011年9月号掲載



                           紀井 寿雄<日本貿易振興機構(JETRO)サンパウロ事務所>



 ここ数年で日本企業のブラジルへの関心は非常に高まっている。筆者が所属するジェトロ・サンパウロ事務所にも2010年には延べ数で600社を超える企業からビジネス拡大や拠点設立の相談を目的とした訪問があった。彼らはBRICSの一角として存在感を増しているブラジル市場に対する期待を抱いている。これまでに中国でのビジネスが軌道に乗り、次の目的地としてインドまたはブラジルを考える企業が多いように見受けられる。本稿では、その訪問企業の中で引き続き高い割合を占める自動車産業を切り口にした話題を紹介したい。



急増する輸入車とその影響

 ブラジルの自動車生産台数が2010年に350万台を超えたことは広く知られている。ビッグ4と呼ばれるフィアット、GM、フォルクスワーゲン(VW)、フォードを中心に自動車メーカーは構成され、4社の合計シェアは7割以上を占める。また、自動車販売台数はドイツを抜いて世界第4位となり、2015年には500万台に達するとのコンサルティング会社の見通しもある。さらに2005年に170万台であった自動車販売登録台数も10年には350万台を超え、5年間で倍増した。

 2010年に記録した351.5万台の販売登録台数のうち、輸入車の割合は18.8%であった(表参照)。05年は5.1%であったことを考えると、シェアは3倍以上伸び、さらに台数にすると、05年の約8.8万台から10年には66.0万台と7.5倍以上の伸びを記録した。その勢いは継続しており、11年上半期には輸入車のシェアが22.5%に達した。

 このブラジル市場への輸入車急増を後押しした要因の一つがレアル高である。2011年7月27日のレアルの対ドルレートは1.53レアルと、1999年1月にレアルが変動相場制を開始して以降で最も高くなった。2008年7月にも1.60レアル/ドルを超えるレアル高を記録したが、その後発生した米国発金融危機によって同年11月には2.50レアル/ドル近くまで急激に下がった。ただし、その後はレアルが再び堅調に回復し、現在(2011年8月上旬)は1.55?1.60レアル/ドルのレンジで推移している。そして、日本でも見られるとおり、自国通貨が強い中で輸入品は相対的に安くなる。

 そもそもブラジルでビジネスをする上で、輸入販売型は中長期的には適したビジネスモデルとはいい難い。それは、輸入に掛かる税金等の負担が重くのしかかるためとされている。当地に進出を検討するために出張する日本企業の多くもその事情を承知しており、最初は製品の輸入せざるを得ないが、中長期的には現地に工場を構えることを視野に入れている。



 ただし、急速なレアル高環境下では、その輸入関税等のコストを為替変動率が相殺してしまい、結果的には現地生産するよりもコスト競争力の高い輸入品がブラジル国内に流入する状況が生じる。製品によってはブラジルで生産する方がコストは高いものの輸入関税等によって相対的にコスト競争力を維持できた商品もあったが、昨今のレアル高により状況は変わってしまった。現地に製造拠点を構える企業は、厳しい状況に見舞われている。

 一方、このレアル高の流れに恩恵を蒙っているのが韓国メーカーである。最近のブラジル国内のシェアの急拡大が目立つ現代自動車の場合、その積極的な広告等を通じたマーケティング力が注目されているが、その足元をしっかりと支えているのがレアル高のメリットだ。レアル高傾向の中で輸入車を投入することによって、市場参入コストも低く抑えることが出来、ブランド力の確立と近い将来の現地生産に向けた体力を備えることが出来たと見ることができる。

 そして、2匹目のドジョウとばかりにブラジル市場に参入を試みているのが中国メーカーである。例えば、江淮汽車(JAC Motors)は2010年に地元の自動車販売会社と提携してブラジル市場に参入。国内販売網を一気に拡大し、販売開始から1カ月で4,000台を超える自動車販売を達成。2013年にシェア3%を目差す。また、奇瑞汽車(Chery)も2014年の生産開始を目指してブラジル市場への積極参入を開始している。


ブラジル自動車販売登録台数の推移

非自動輸入ライセンスの導入とその影響
 そのような状況下、ブラジル政府は3月12日、「急増する自動車輸入に対するモニタリング」を目的として自動車に対する非自動輸入ライセンス(Non Automatic Import License: NAIL)を導入した。WTOのルールによれば、NAILの対象品目になると、製品の輸入に対して最大60日間まで許可の発行を留保できることが認められる。さらに、ライセンスの申請はその都度必要となる。
 このNAILの発動だが、中国及び韓国からの輸入の抑制に効果があるのかというと、短期的にはそのようにはなっていない。むしろ、メルコスール地域に進出を果たした自動車メーカーの地域戦略に影響を与える結果となっている。具体的には、アルゼンチンからの自動車の輸入が滞る事態が発生している。
 ブラジルのビッグ4をはじめとして、多くの自動車メーカーはアセンブリー工場をブラジルのみならず隣国のアルゼンチンにも構えている。これらメーカーはメルコスールのメリットを享受すべく、車種によってブラジルおよびアルゼンチンの工場に分けて生産を行っている。例えばトヨタでは、カローラをブラジルで生産して、ハイラックスをアルゼンチンで生産しており、それぞれを相手国に輸出している。このように多くの自動車メーカーはメルコスール全体に立脚したビジネスを展開している。
 しかし、今回の措置によって、アルゼンチンからブラジルへの自動車輸入が自動車メーカーの思惑どおりに行かなくなる事態が発生している。ブラジルへの輸入が認められるために、国境沿いには新車を乗せたトラックの車列が並び、自動車船が計画通りに廻船されず、さらには工場の操業にまで影響するという事態まで聞こえてくる。
 メルコスールの二大国でもあるブラジルとアルゼンチンだが、両国とも市場の自由化にベクトルが向かっているとはいい難い。アルゼンチンでは、2009年に既に400品目に対するNAILを導入しており、10年2月にも対象品目を600品目に拡大して、自国産業の保護と自国内での製造の奨励している。また、NAILの対象品によっては、60日を超えても輸入が許可されないなどのケースが散見されている。
 そのようなアルゼンチンの動きがあったため、今回のブラジル政府のNAILの導入当初、ブラジルのメディアはこぞって「アルゼンチンへの報復」と報じた。両国はその後事務方および所管大臣の会合を通じて穏便な解決に向かっているが、ビジネスの上ではメルコスールを額面通り一つの共同市場として捉えることが難しい局面にあると思われる。


韓国  現代自動車のディラー(サンパウロ市内)

もう一度、ブラジル市場に目を戻す
 ただし、ブラジルに話題を戻すと、そこでも確かなのはそれらを所与の条件として前向きに捉える企業の姿である。自動車メーカーでは、アルゼンチンとの問題や中国および韓国の脅威を肌で感じながらも、人口2億の市場に対する飽くなき成長を目指して取り組んでいる様子が伝わる。具体的にはビッグ4をはじめとして各社が500万台市場を意識した投資を発表している。それもこれまでのサンパウロ州を中心とした南東部のみならず、中西部あるいは北東部への投資も見られる。特に、Cクラスの急成長が見込める北東部に対する先行者利益を得ようとする投資は自動車だけのものではなくなっている。
 所与の条件を前にして立ち止まるのか、それとも前に進んでいくのか。そこが日本企業の試されどころなのかもしれない。最近、ブラジルの企業や業界団体など複数の関係者に話を聞く機会があったが、為替をビジネス拡大の弊害と位置付ける話は予想より少なかった。総じて為替は上下するものであり、市場は拡大するといった捉え方をしている。日本企業への高い期待はブラジル国内の至るところでも聞こえてくる中で、ブラジルでの日本企業の更なる活躍を期待しつつ、ジェトロとしても必要な支援を行っていきたい。