会報『ブラジル特報』 2009年11月号掲載

                               橋本 文男(元東京銀行、協会常務理事)


 先月2016年のオリンピック開催はブラジルのリオデジャネイロに決定された。TVには喜びの人の波で埋めつくされたコパカバーナ海岸、国旗を手に肩を組んで踊るモレーナやムラータの姿が報道された。文字どおりシダージ・マラビリョーザである。リオは私が8年間家族とともに過ごした最初の海外赴任地であり、この報に長男の嫁(リオ日本人小学校の同級生)も含め一族大喜びである。2年前の2014年にはお家芸サッカーのワールドカップの開催も決定されている。ブラジルはワールドカップ優勝回数最多の5回、万人が認めるサッカー大国である。ブラジル政府は約30兆円と破格のインフラ投資に踏み切るとしており、さらなる経済成長を後押しするのは確実である。と同時に、この南米オリンピック初開催には、先進国にあった世界経済の中心が新興国に移りつつあるという現実の投影が見られるのである。

風光明媚なリオデジャネイロ湾 - 内木秀道氏提供

 リオ滞在中((1968〜76年)には金融マンとしてブラジル経済の浮き沈みを文字どおり体験したが、その間「ブラジルは21世紀の大国」という自己評価に変わりは無かった。もっともこの評価は20世紀の今は発展途上国だが、資源、食料,気候に恵まれ21世紀になればブラジルは大国となるに違いないというやや無責任・楽観的な見方であった。

 その後も、累積債務問題発生(1982年)、さらには繰り返されるハイパーインフレにより、21世紀の大国の実現は一段と悲観的な状況となっていた。ところが21世紀に入った頃から、カルドーゾ政権、ルーラ政権によるインフレ抑制政策が効果を挙げ、財政の健全化、為替相場の安定、資本市場の育成、国内貧困層への適切な所得配分といった諸施策と相まって国内政治状況も安定、経済も大きく成長した。今やブラジルのGDPは世界第10位、外貨準備第5位と躍進、21世紀の大国ブラジルは俄然現実味を帯びてきた。さらなる貧富差の改善、治安の向上等により今後一層の国力増が期待される。

 リーマン・ショックも早一年が経ったが、世界経済はまだ回復基調にあるとはいえない。ショック後の米国政府は7,800億ドルの財政支援策を発表したが、公共事業で自国製品の使用を義務付ける「バイアメリカン条項」が付帯され衝撃を与えた。また、ブラジル政府はさる8月に米国がオレンジジュースの輸入に不当な関税をかけたとしてWTO(世界貿易機関)に提訴した。さらに米国の国内綿花農家への補助金はWTO協定に違反としたブラジルの提訴は、ブラジルの勝訴となっている。戦前の世界恐慌時のごと如く、各国が保護主義に逃避、自由貿易を阻害するならば、危機はますます深刻化するであろう。国際経済活動の規範に倫理観が要請される由縁である。

 9月のピッツバーグでのG20では、今やG8では今後の世界の難事にコンセンサスを得ることは出来ないとしている。ハーバード大学ファーガソン教授は今後当分「チャイアメリカ」(中国・米国)が世界をリードするであろうと述べている。しかし、世界の勢力図はますます複雑となっている。前述G20の各国代表記念撮影では、最前列中央にオバマ大統領、その左に胡錦濤国家主席、右にルーラ大統領が位置している。この並び方は、現在の世界の指導者の新しい力関係を奇しくも示しているのではないか。大国の条件とは経済力、政治力、軍事力が挙げられていたが、21世紀の大国には温暖化ガス削減、核拡散防止、多文化共生といった新しい分野の指導力が評価基準として追加されよう。地政学的に平和について自由に発言できるブラジルは、ノーベル平和賞受賞のオバマ大統領の良き助言者として、新しい大国の姿を示す位置にあるのではないか。また、日本とブラジルは資源・食料のそれぞれ需給大国、環境保全、民族共存への提言、さらには両国民の相互移住の歴史といった面で大きな接点がある。大国の集団指導となろう21世紀中盤に向けメンバー大国として、相携えて大きな力を発揮出来る時期はそう遠くないというのは筆者の思い過ごしであろうか。