会報『ブラジル特報』 2009年7月号掲載

                               貞方 賢彦 (ヤクルト商工株式会社 社長)


 乳製品乳酸菌飲料 「ヤクルト」 は、日本で74年の歴史を持つ超ロングセラー商品だが、ブラジルでも日本発の世界的プロバイオティクス商品として国内トップシェアを確保している。

 ヤクルト商工(株)は1968年にサンパウロ州においてその営業を開始し、同州サンベルナルド市およびロレーナ市の2つの新鋭工場から、南北・東西それぞれ約4,300km(神戸からジャカルタに至る南北距離に相当)、総面積で日本の22.5倍(851万平方km)という広大な国土をマーケットとしている。ヤクルトは日本を含む世界32の国と地域で事業展開しているが、ブラジルは毎日約150万本を販売するに至り、数量ベースで5番目に位置している(2009年5月現在)。

 「ヤクルト」 は日本で1935年に発売された。創始者である医学博士 代田 稔が、「生きたまま腸までとどく乳酸菌シロタ株を毎日飲用して腸内環境を正常に保ち病気を予防する」という 『予防医学』 の考え方に基づき開発した商品である。この考え方は 「代田イズム」 として一般に告知され、現在では世界的にその研究が進み、「プロバイオティクス」 として広く認知されるようになった。

 ヤクルト商工の強みは、この先進的な商品理念とともに訪問販売チャンネルである 『婦人販売店(ヤクルトレディ)システム』 を持っていることにある。所得格差の大きいブラジルでは、国民の約50%が最低賃金以下で生活する低所得者層である。近年この層はその総購買力の大きさからBOP(ピラミッドの底辺に属する途上国の人々)市場として注目を集めているが、『ヤクルトレディ (約6,000名)』 は町の隅々に、ファベーラと呼ばれる低所得住宅域も含め、年齢や所得などに左右されない全方位ネットワークを持っている。 つまり、『地域の主婦』 を通じて、『必要な日に必要な量』 を、『顧客カウンセリング』 とろもに、『直接宅配する』 という 『マイチャンネル』 を構築したわけである。現在、多くの競合他社の市場参入により競争が激化して来ているが、このような40年余の一貫した理念とマーケティング政策がブランド価値を維持し数度の経済危機を耐え抜いた要因であると考えている。 

ヤクルト ロレーナ工場(サンパウロ州)

 近年の経済成長にともない、ブラジルの 「食」 が変化しつつある。単に栄養を摂取するための手段としてではなく、食生活の改善を通じて「より豊かで、楽しい生活を送りたい」 というニーズが台頭している。ヤクルト商工ではヤクルトレディを通じ、また地域のオピニオンリーダーを招いたセミナーなどを通じて、ヤクルトのベネフィットを消費者に伝えるとともに 『家族全員が乳酸菌シロタ株を毎日飲用して、お腹の調子を整えよう』 とお勧めしている。現在までサンパウロ州に重きを置いた事業活動を展開してきたが、今後はサンパウロ州で培ったビジネスモデル(宅配)を全国レベルのプロジェクトに拡大して行きたいと考えている。同時に、都心部に居住、あるいは勤務するビジネスパーソンを中心とする中・高所得者層については、これまで 『宅配』 でのアプローチが難しい階層と考えられてきたが、乳酸菌シロタ株が400億個入った『Yakult 40(日本名;ヤクルト400)』 を、この階層、および中高年齢層市場を開拓する商品として、都心部の量販店を厳選して発売を開始した。また、消費者嗜好の広がりに合わせた 『Sofyl』 は宅配主体として都市部中心に好評を得ている。

 総人口2億人突破を目前にしたブラジル市場は、極めて魅力的であり高いポテンシャルを持っている。今後も広い国土と民族の多様性を考慮に入れながら、消費者の利便性を重視し地元に密着した庶民に愛される企業としての評価を頂けるように努力していきたい。